『古典クラリネット・運指法』 三戸久史
ここでは、演奏において良く使用されるフォーク・フィンガリングとクロス・フィガリングをご紹介しておきます。
これらは、18 世紀最初期のクラリネット(バロック・クラリネット)から現在まで受け継がれている運指です。中でも、フォーク・フィンガリングは、現代の「エーラー式(ドイツ式)クラリネット」に受け継がれています。なお、これら二種類の運指は、現在使用されるクラリネットとしては最も高いシェアを持っている「フレンチ式クラリネット=ベーム式」では使用されません。
① フォーク・フィンガリング(folk fingering) とは?
古典クラリネット演奏において、フォーク・フィンガリングは最も重要で、且つ中心をなす運指と言えます。「バロック式リコーダー」を吹いた経験のおありのお方でしたら、お解りいただけるかと思いますが、大リーグで活躍された野茂投手のフォーク・ボールは、この指の並び方、すなわち人差し指と薬指でボールを固定し、中指は離したものですが、管楽器の場合も同じです。バロック時代のリコーダーでは普通に使用されましたが、クラリネット誕生の原型であるシャルモー(Chalumeau) も、このフォーク・フィンガリングを使用しました。この運指は現代のエーラー式(ドイツ式)クラリネットにおいても使用します。歴史的に見れば、クラリネットの流れ(歴史)の直系に当たるのが、現代のドイツ・エーラー式クラリネットですが、18 世紀の初めにドイツ、ニュルンベルクで誕生したクラリネットの原型(DNAのようなもの)が受け継がれているわけです。なお、1844 年にパリで完成されたフレンチ式クラリネット 式クラリネット(ベーム式)は、ベーム式フルートの機構を取り入れて製作された新発明の楽器で、こちらはフォーク・フィンガリングを用いない反面、指を順番に指を上げて行くと、C(ド)、D(レ)、E(ミ)、F(ファ)という様に音列が並ぶ楽器で、この運指の簡便化は画期的な発明であったと言えると思います。このシステムの楽器は現代のクラリネット界では大きな普及を獲得しています。一方で、クラリネットが本来持っていた、柔らかく素朴な味わい(特に、フォーク・フィンガリングのF(ファ)、C(3 点ドなど)が少し失われた面があることも否めません。現代のドイツ・エーラー式を直系と見れば、こちらは大きな大木から派生した、活気のある幹(傍系)と言っても差しつかえないかと思います。
〈ベートーヴェン:ピアノと木管による5重奏曲 Op.16 第 2 楽章 から〉
なお、ドイツ式(エーラー式)クラリネットの場合も、同じフィンガリングになります。 ⇒譜例★印
② クロス・フィンガリング( Cross fingering) とは?
クロス(Cross)とは交差(本来は2本の線が交わること)させる意ですが、この場合、離れた箇所を指で押さえる必要がある運指を言います。⇒譜例▼印